最近、borisの『dronevil』をよく聴いている。
中でも、昨年リリースされた『dronevil -example-』が自分のツボ。
聴けば聴くほど、やっぱりええなと思う。
そして最近、こうして音楽を聴けることのありがたさを、なんとなく噛み締めている。
『dronevil』が最初にリリースされたのは2005年。
そしてリリースから20周年となる昨年、2025年に『dronevil -example-』がリリースされた。
自分の理解では、2006年にCDでリリースされた『dronevil -final-』に収録されているDroneとEvil、2つの音源をboris自身がミックスしたもの。
「example」というタイトルの通り、2つの音源を同時再生した時の、ひとつの例ということなんやと思う。
本音を言えば、『dronevil -final-』の2枚を実際に同時再生して聴いてみたい。
でも、家にそんな環境はない。
レコードプレーヤーも1台しかないし、CDプレーヤーを2台並べて同時に再生するような環境もない。
なので自分は『dronevil -example-』を聴いている。

今も『dronevil -example-』を聴きながら、これを書いている。
やっぱり、ええ。
何度聴いても、また聴きたくなる。
そんなふうに音楽を聴きながら、最近ちょっと思うことがある。
一時期、音楽を聴くこと自体が嫌になった時期があった。
昔からずっと好きだったはずなのに、聴きたいと思わない。
無理に聴こうとも思わない。
そんな時期があった。
それが最近、また音楽を聴くのが楽しくなってきた。
「あれ聴きたいな」と思うことも増えた。
昔なら、そんなことをわざわざ考えることもなかった。
音楽が好きだから聴く。
それが当たり前だった。
でも歳を重ねると、音楽を聴ける時間って意外と限られてくる。
仕事もあるし、家での生活もある。
ずっと音楽を流していたいと思っても、住んでいる環境によっては好きな音量でガンガン流せるわけでもない。
結局、家ではイヤホンやヘッドホンで聴くことも多い。
なんか、そういうのは少し寂しい。
昔はもっと、当たり前のように音楽が近くにあった気がする。
でも、聴ける時間が限られているからこそ、その時間が前より大事になったのかもしれない。
今こうして『dronevil -example-』を聴いて、「やっぱり音楽ってええな」と思えている。
一時期は聴くことすら嫌になっていたのに。
また聴きたいと思える。
何度も同じ作品を聴きたくなる。
それが今は、素直に嬉しい。
音楽を聴ける。
そして、音楽を聴きたいと思える。
当たり前みたいなことやけど、最近はそのありがたさを噛み締めている。


コメント